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2004.08.09

「長崎の鐘」

子どもの頃、夏になると毎年「懐かしのメロディー」というTV番組を見ていました。実家の父親が好きだったからだと思うのですが、私も知らず知らずに昔の流行歌を口ずさめるようになっていました。たぶん同世代の中では、戦中戦後の歌を多く知ってる方だと思います。「支那の夜」や「蘇州夜曲」は好きでしたが、「麦と兵隊」「海ゆかば」「同期の桜」「出征兵士を送る歌」などの軍歌も何故だか知ってます・・・。

そんな中で、戦後まもなく藤山一郎さんが歌った「長崎の鐘」は、メロディーの美しさと切々とした歌詞の情感が、今も心に残っています。この歌詞は、長崎の原爆で妻を失い、自らも原爆症に苦しみながら、医者として被爆者の治療にあたった永井隆さんの体験記をもとに、サトウハチロウが書いたものです。

「長崎の鐘」については、「No Blog,No Life!」のsoroさんが「プルトニュウムの恐怖」で詳しく書いておられますし、他にも原爆関連の書き込みを色々されています。

それから、「MAJIC SCAR」のひささんは長崎の被爆者の方々から聴いた「原爆体験談」を書いて下さってます。

今日8月9日は、広島に続き長崎が原爆の被害にあってから59年目にあたります。私には語る言葉がありませんが、体験者の方の思いを読ませていただいて、そこで苦しんだ人々がいた事実を子ども達に伝えていけたらと思いました。

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コメント

はじめまして。TBありがとうございました。被爆経験者の方々からお聞かせいただいたお話はもっと沢山あるのですが…全部をご紹介できず残念でした。今日は皆さんと11時2分に黙祷を致しました。お亡くなりになった多くの犠牲者の方々のご冥福をお祈りしたいと思います。今、長崎では浦上川でずっと灯りを灯して御霊をお祈りされています。今日の平和記念式典では長崎市長が世界に向けての平和宣言をしましたが、それが全世界に届くことを心より祈っています。

投稿: ひさ | 2004.08.09 22:08

はじめまして。コメントありがとうございます。
浦上川では灯りを灯して御霊をお祈りされているんですね。ほんとうに、犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。生き残られた方々も、この59年、病気や心の痛みといった苦しみを抱えながら生きて来られたことと思います。
今の世界情勢を思うと、中々難しいものだと頭をかかえますが、戦争は無くなって欲しいですね。

投稿: ヒトコ | 2004.08.09 23:04

ヒトコさん、トラバありがとうございました。(^-^)/

>「長崎の鐘」は、メロディーの美しさと切々とした歌詞
>の情感が、今も心に残っています。
軍国少年から、野球少年に変身してしまったsoroが大好きな
歌でした。なんとなく、なぐさめられ、はげまされました。
また、soroは並木路子の「リンゴの唄」も好きでした。
この歌は、苦しい戦後の時代を、夢をもって元気に生きる
力を与えてくれました。

>体験者の方の思いを読ませていただいて、そこで苦しんだ
>人々がいた事実を子ども達に伝えていけたらと思いました。
同感です。soroも子どもたちや孫たちに「戦争の実態」を
しっかりと伝えていきたいと思っています。

投稿: soro^^ ~ | 2004.08.10 04:42

soroさん、コメントありがとうございます。
「リンゴの唄」もよく聴きました。「長崎の鐘」は鎮魂の歌として心に響きますが、「リンゴの唄」には復興に向かう気運を感じます。私はまだ生れていませんでしたが、苦しい時代を皆で頑張っていた世代の方々にとっては、どちらも支えとなる唄だったのでしょうね。

懐かしのメロディーを見ながら、その唄に両親が何を思っていたのか詳しく聞いた事はありませんでしたが、戦時中の食糧難についてはよく聞かされました。父の軍隊経験や空襲で怖い思いをした事も聞きました。息子も中学生ですので、そういう話もしてもらおうと思っています。

投稿: ヒトコ | 2004.08.10 20:55

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