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2004.09.30

夜回り先生、教壇を去る

子育てネタトラックバック集ジャンバラヤの「高校」で、oribe77さんのPTA会長日誌夜回り先生の番組をみた~あふれでる愛ってなーに?~という記事を読ませていただきました。

とても残念な事に、ヒトコ頁で私も本の紹介をした「夜回り先生」の著者、水谷修さんが、今日9月30付けで22年間の教員生活に終止符を打つ事になったそうです。
詳しい事情は、oribe77さんのPTA会長日誌でも紹介されているMSN-Mainichiの水谷修先生の夜回り日記 に記されています。

著書の中で水谷さんは、

 子ども達の過去も今もどうでもいい。
 時間がかかってもいいから、
 自分の意志と力で幸せな未来を切り拓いていく為に、
 とにかく生きてくれさえすればそれでいい。
 大人たちには「よくここまで生きたね」と
 子ども達を認め褒めてあげてほしい。

と書いておられました。高校生って、まだ子どもなんですよね。でも、心身ともに大人に成って行く時でもあり、その端境期の不安定な時期を、何とか上手に乗り切らせてあげたいです。私たち大人は子ども達に、自分の命を大切にして欲しい、と願いますが、その為には親や大人が、ひとりひとりの子どもの命を、とても愛しくてとても大切に思っていると、ちゃんと伝えなくてはいけないんですね。

水谷先生の夜回りは、そういう事の実践なのだと思います。教壇を離れられても、水谷さんの子ども達を思う活動はずっと続いて行くことでしょう。不特定多数の他人の子どもに対して、こんなに愛情と労力をかけている方がおられるというのに、たった1人の我が子をしっかり受け止めることも出来なかったら、それは親としてとても恥ずかしいと、我が身を省みました。

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2004.09.29

「新選組!」松原さんと河合さん

前回・前々回の大河ドラマのビデオをやっと観ました。「壬生義士伝」で、河合耆三郎が使途不明金の件で斬首されるのを観ましたし、「新選組物語」で、松原忠司の「壬生心中」を読んだばかりで、ふたりが非業の死を遂げる事はドラマを観る前から知っていました。

「新選組!」も今後辛い話が多くなるんよなぁ、と覚悟はしていたんですが、2話連続で哀しかったですね。でも三谷版では、松原さんも河合さんも、それぞれに人柄を尊重した描かれ方で、当人にとっての悲惨な事態が多少なりとも緩和されて伝わって来た様に思います。その分、悪者に徹しようとする土方さんと、その苦境を察して静かに支えようとする井上源さんや沖田さんの気持ちが非痛です。

「新選組物語」にある「隊士絶命記」の中にも、河合耆三郎が五十両の使途不明金を出した罪で罰せられる話が記されています。五十両不明の経緯は全く書かれていませんし、実家からの送金が間に合わなかった話は同じですが、切腹ではなく斬首だったという事です。河合は「切腹ではなく首を刎ねられるのですね」と何度も確認したそうなので、無念だったのでしょう。「壬生義士伝」でも斬首でしたが、「新選組!」では白装束を身に付けての切腹でした。商家の出ではあったけれど、罪人としては最も武士らしい最後ということになります。

「新選組!」では、松原さんも単なる心中ではなく、相手の女性に騙し討ちで刺されたのを、松原さんと隊の名誉の為に心中という事にした、という話になってました。「新選組物語」では、親切で皆に慕われる性格ではあったが短気な面もあった松原が、往来での喧嘩で浪人を切ってしまい、その後で後悔して未亡人の手助けをするようになるんです。でも、この女性に自分が夫を切ったとは告げていなかったので、彼女も松原に心を許すようになった、という話でした。隊の仕事として侍を切り、最初から自分がその張本人であると告げて未亡人を訪れた「新選組!」の松原さんは、実直で裏表のない人柄に描かれています。

松原さんと河合さん、どちらも「新選組物語」で読んだ話より救いがあるように感じました。ちょうど今、NHKの新選組!HPに、松原忠司役の甲本雅弘裕さんと河合耆三郎役の大倉孝二さんのインタビュー記事が掲載されています。思えば、三谷版の松原さんと河合さんは、入隊した時からの様々な心温まるな様なクスッと笑いたくなる様なエピソードの積み重ねが、その最後の悲惨さを緩和する効果につながっている様に思います。そしてそれとは逆に、彼らが新選組を組織として維持していく為に死なねばならなかったことに対し、彼ら自身の死を心から惜しむ気持ちと、とても理不尽な遣り切れなさを感じます。あらためて、これが三谷さんの「新選組!」なんだと思いました。

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2004.09.25

図書館関連サイトあれこれ

昨日、図書館関係のサイトを巡っていて、図書館暮らし!さんというサイトにある図書館占いを見つけました。私も早速「新選組遺聞」で占ってみたら、 駅の図書館 でした!

● 駅の図書館さんのあなたは、実直で義理人情に厚いタイプです。
● 幸運を呼ぶカードは、トランプのジョーカーです!
● 本日の運勢は「ためらわずに気持を伝えてOK」

だそうです。

そしてもうひとつ、トラックバック・ピープルに「図書館へ行こう。」があるのを見つけました。ここを作成されたYuzYuzさんの記事「利用者のお作法-3」は、もし図書館の本を破損・紛失してしまったらどうしたらよいか、について書かれていて、図書館好きとしてはとても参考になりました。

また、この記事内でも紹介されている「Un jour」のじゅじゅさんが書かれた「図書館の思い出」はとっても良いお話でした。図書館の本を紛失してしまったお子さんへのじゅじゅさんの対応と、その親心に応えて余りあるような図書館員さんの子どもを思った対応に、同じ親としてとても有り難さを感じました。私もそういう大人でありたいと思いました。

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2004.09.24

高校の文化祭

一応受験生の我が息子、先週の土曜は友人と某高校の文化祭に行きましたが、今日はまた別の高校の文化祭があったので、私も一緒に行って来ました。

自分の中学時代には文化祭もあったのですが、今は完全週5日制になって授業時数の確保が難しいのか、息子の中学に文化祭はありません。そんな訳で、こういう学校行事を見るのは、自分の高校時代以来かもしれません。

親として見るべき所は何処なんだろうなぁ、と考えつつ行ったのですが、雑然とした中にも生徒さん達が楽しそうに一所懸命やってる姿が見られて良かった、と思います。クラスが一丸となって行事に取り組んでいるのか、協力しない生徒がどれ位いるのか、そこまでは解りませんが、やってる生徒達は盛り上がってるみたいでした。

あるクラスで映画を上映していたのですが、息子はまるで関心がないらしく、別行動で私ひとりで観させてもらいました。私たちも高校の文化祭では映画をやったので、懐かしくて。このクラスの作品は、映像化もされた某人気小説のパロディでした。私たちは、2年の時がTVドラマのパロディー、3年の時はカミュの「異邦人」で、企画脚本はやるき満々の男子が中心で、私は言われるがままに手伝った感じでしたが、その時は皆で一所懸命やったという事が、良い思い出になっています。

あれから30年近く経って、8mmからホームビデオになり、白模造紙の画面から大型TVに変わっても、映像の中の生徒達のノリが昔とあまり変わってない、本当に懐かしいモノを感じさせてくれました。笑いを取ってる場面なのに、思わず涙ぐんじゃいました。子ども達は変わっていると思っていたけれど、基本的には変わってないのかもしれない、と少し安心しました。

うぅーん、しかし、息子がちゃんと高校生になれるのかどうかは、本当に心配です。高校めぐりして、少しは受験生の自覚を持ってくれれば良いのですが、何だかまだまだ暢気・・・不安です・・・。

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2004.09.22

「新選組始末記」のあとがきに・・・

図書館で子母澤寛の新選組三部作を借りたのですが、「新選組始末記」だけは文庫版ではなくて、中央公論社から1967年に改訂版で出されたハードカバー本でした。あとがきによると、取材を始めたのは大正12・3年頃からで、初版は昭和3年(1928年)だったそうです。

さてその「あとがき」は、いきなり次の文で始まります。

 新選組の「選」の字はが本当かが本当かという。
 私はどっちでもいいと解釈している。
 肝心の近藤さんが時にはを用い、時にはを使っている。

えぇー、そうだったんですか! 近藤さんが局の総代として会津侯に出した書面にはを使っているものも多いのに、会津侯からの書状は大ていだったそうです。子母澤さんもを使ってるし、大河も「新組!」なので、が正しいのかと思っちゃいました。ドラマや小説の題名は作者が使っている字が正しいわけですが、一般に新選組の事を書くとき時は、どちらでもいいのでしょうか。たぶん私と同じくIMEのせいだと思いますが、図書館でもらったおたよりでも「新組」と書かれていますが、間違いじゃないんですね。

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誤字脱字、変換ミス

お気付きの方もおられるでしょうが、これが多いんです、私・・・。ダイアルアップ接続の時からの習慣で、オン書きはあまりせずに、エディターで書いてからコピペでUPする事が多いのですが、書込みのホームにペーストした時点で読み直しているはずが、いつも見逃しているんです。注意力の欠如だけでなく、近頃目も悪くなってますね。

昨日も、「しんせんぐみ」を「新選組」と書いたり「新撰組」と書いたり、「いぶん」を「遺聞」と書いたり「異聞」と書いたり、色々してましたので、修正しました。そもそもうちのIMEが「新選組」「遺聞」とは単語で変換してくれないという難点もあるのですが、うっかり変換したまま気が付いてなかったんです。「しんせんぐみ」で変換すると「新撰組」になってしまうので、今までの書込みでも沢山間違いがありました。

「いぶん」も「異聞」または「遺文」と変換するので間違ってました。本借りてますリストの「烏鷺寺異聞」はこれで正解ですが、「新選組遺聞」は「新撰組異聞」と変換ミスしたままUPしてました。「遺聞」と「異聞」は勘違いでしたが、「新選組」と「新撰組」は見間違いというか、一発変換した字が似てたので目が違いを認識してませんでした。すでに老眼か。気が付かない私がうっかり者なのですが、IMEもイマイチじゃないですか? 「陰明師」も「おんみょうじ」じゃ変換しないし・・・。 一太郎からWordに乗換えて、ATOKからIMEになったんですが、ATOKの方がちゃんと変換したような気がします。

とIME批判に走りましたが、脱字タイプミスは完全に私の落ち度ですね。先日も「あいさつ」を「あいあつ」と打っている事に気が付いてませんでした。「S」のタイプがちゃんと出来てなかったんですね。毎日のようにうっかりミスがある自分が情けない。

p.s.  「新選組」「陰明師」「遺聞」は遅れ馳せながら単語登録しました。他にも、こんなのも変換しないのか!? という単語があったんですが、その都度まめに単語登録しないので忘れました。学習機能もあるんじゃないかなぁ、と期待もしたんですが、登録した方が早くて確実ですね(^^;)

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2004.09.21

「新選組遺聞」面白いです

子母澤寛の「新選組遺聞」を図書館から借りてきました。「新選組始末記」「新選組物語」は予約中です。3冊とも中央公論から出ている文庫版で、今年も増刷されたようですので、書店でも購入できるようです。

子母澤寛が歴史小説家だというのは知ってましたが、作品を読んだのは今回が初めてのような気がします。新聞記者出身で、昭和3年頃に、新選組について当時を知る生き残りの関係者や隊士に取材をして書いた「新選組始末記」で作家デビューされたようです。「新選組遺聞」はその取材部分を取り上げた作品で、いわばメイキング「新選組始末記」というような位置付けになるのかもしれません。

「新選組遺聞」には書かれなかった元隊士の話もあるそうで、それが「新選組物語」のネタになっているのかもしれません。吉村貫一郎の話もそこに書かれているようです。

「新選組遺聞」の始めに、著者自身が「老人方のお話は、必ずしも全部の記憶に誤りがないとは云われまいけれど」と断り書きをのような事を言っている通り、維新から60年以上も経っていれば、その記憶も曖昧であったり、又聞きの話を混同していたりと、信憑性に「?」の付くものもあるだろうと思います。

それでも、当時を知る人がまだ多く生きて居られる間に、これだけの取材をした子母澤寛の記者魂というか作家魂には敬服します。彼がこの三部作を書かなかったら、その後新選組についての多くの作品は生れなかったかったかもしれません。大河「新選組!」も企画さえされなかったかも。そんな気がします。

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2004.09.17

風邪気味

水曜の夜あたりから喉が痛くて、なんか風邪気味。週5日勤務だったというのに、後半はキツかったです。2日連ちゃんで夕飯は買い弁。ちょっと熱もあったので、10時には寝てました。おかげで今夜は少し楽になりました。

夏の疲れが出たのか、息子も先週風邪で発熱し、今日も頭痛いと言ってもう寝てます。明日は午前中友達と某高校の文化祭に行くと言ってましたし、午後は囲碁教室で夜は塾というハードスケジュールなんですけど、大丈夫かな? 塾は本来月曜で、土曜は普通囲碁だけなんですが、20日が祭日になった振替なんです。息子の体調も心配ですが、塾や囲碁教室休んだらお金が勿体無い、と思う私は鬼母?(^^;)

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2004.09.15

何か釈然としないものが

昨日、池田小事件の死刑囚が刑を執行された。死刑確定からわずか1年、こんなに早く執行された例は、今までにあったのだろうか。

あの犯人が死刑にならない方が良かった、とは思わない。それどころか、刑が確定するまでは、精神鑑定で引っ掛かって、情状酌量なんかになったら許せない、と思っていた。けれど、こんなに早く執行されてしまうと、あの犯人だけが形だけ罪を償って全てから解放されてしまったようで、釈然としないものある。事件に遭遇して心身ともに傷ついた人々や、遺族の方々は、まだまだその傷が癒えないで、苦しい毎日を送っているに違いないのに・・・。

犯行当時、動機についての報道を聞いていて、そんなに死にたいのならひとりで勝手に死んでくれよ、と益々怒りが湧いてきた。刑が確定してからは、本人が早期執行を望んでいたというが、反省や謝罪の気持ちも無いままに、その望み通り死刑が執行されたのかと思うと、その事にまた行き場の無いやり切れなさを感じてしまう。

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2004.09.14

あいさつ運動

先々週の日曜には駅頭で、今朝は息子の中学の校門で、「あいさつ運動」というのがあり、参加して来ました。

日曜の方は、市の青少年問題協議会が主催で、「オアシス運動」推進キャンペーンの傷バンドを、子ども達と一緒に駅頭で配りました。「オはよう」「アりがとう」「シつれいします」「スみません」の頭文字を取って「オアシス運動」と言うそうです。「シつれいします」「スみません」がちょっと謎ですが、挨拶を青少年健全育成(あまり好きな言葉じゃありませんが)の基本として、皆さんで心掛けましょう、という事ですね。

そして今朝はPTA活動で、3ヶ所ある門に当番のお母さんが立って、先生方も一緒に、登校してきた生徒たちに「おはようございます!」と声をかけました。1学期にもやったのですが、思ったより皆んな「おはようございます」を返してくれたので、ホッとしました。

我家は母親がだらしないので、何の躾も行き届いてないんですが、唯一気を付けているのが挨拶かもしれません。朝ダンナと息子が起きてきたら、元気に「おはよう!」を言おう、という事だけは心掛けていて、声を掛けそびれないようにと毎朝少しだけ気を使ってます。それから出かける時は、団地の狭い玄関へ出て「行ってらっしゃい」と言って送り出す。何処の家でもやってる当り前の事ですけど、我家の躾と言えるのはこれだけかも。

昔、まだ独身社会人だった頃、職場の人間関係が嫌で毎朝の出勤が憂鬱だった時期がありました。でも仕事には行かなきゃいけません。それで、職場のあったビルに入る時、ガラス扉に写った自分に「今日も頑張るぞ!」と笑顔を向けて、職場のドアを開ける時は明るく元気に「おはようございます!」と言えるようにと、気合を入れてました。その儀式めいた挨拶が、私にはとても大切な一日の始まりだったので、今も毎朝の「おはよう!」を気に掛けているのかもしれません。

寝起きはボーっとしてる我が息子、自分から声をかけてくれない時もありますが、寝る時は必ず「おやすみ」と言ってくれます。ダンナや私が先に出かける時は、玄関まで来て送り出してくれます。他の躾は何も行き届いてませんが、まずは第一歩の挨拶は何とかクリアしてるという事で、次のステップへ進みたいと思います。次は整理整頓か・・・。まずは親の私から(汗)

今朝は、学校の「あいさつ運動」を8時半で終えて、一度家に帰ってすぐに出勤だったので、ちょっと忙しかったです。実はこれがあるので、当初仕事はお休みを取ってたんですが、急遽出勤日を1日増やすことになったので、別段他に用事が無かった今日を追加の出勤日に変更したんです。今週は後3日仕事です。やれやれ、って世間では皆さんそうですよね。それこそ独身社会人の頃は、10日位休み無しで働いた事もあったのに・・・若かったのねあの頃は・・・遠い目。

頑固親父さんの中学校 「しつけ」とは?と、子育てネタトラックバック集ジャンバラヤにトラックバックさせていただきました。

p.s. 頑固親父さんが「あいさつ運動に感じる微妙な変化」という記事を書いて下さいました。

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2004.09.13

「犬夜叉」終わっちゃいましたね

TVアニメ「犬夜叉」、息子が好きなので何となく毎週一緒に見てたんですが、先週の予告で「次回最終回スペシャル」と言われてビックリしました。息子がずっとコミックを買って読んでいて、サンデーの連載もまだ続いてるらしいと聞いてたので、アニメもまだ続くものだと思ってました。

サンデーのHPには、今週で一旦お休みだけれど「再開及び時期等に関しましては現在確定しておりません。」ので関係各社への問い合わせはご遠慮ください、と但し書きがありました。色々大人の事情もあるのでしょうが、何だか中途半端な終わり方でしたね。放送4年だそうで、長く続いてたのにちょっと残念です。

とこで今日のエンディングは、いちばん最初に使われていたdream の「My will」でした。この曲好きだったので、懐かしくて嬉しかったです。

アニメを見始めた頃、なかなか面白かったので原作コミックを買いました。そしたら息子の方がハマッたらしく、私が続きを買って来ないものだから自分で買うようになりました。私はそれをコッソリ読ませてもらってます。大っぴらに読むと、「お母さんが読むんだったら、お母さんが買ってよ」とネダられるので(^^;) でも30巻位までしか読んでないので、アニメが原作の何処で終わったのかわかりませんが。

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2004.09.12

秋の御祭礼

私が住んでいる地区は集合住宅ばかりの新興地域ですが、路を隔てて隣接する地区は古くから代々住んでいる方もいる既存地域です。地元の人たちが檀家や氏子になっているお寺や神社もあるので、新興地域には無い秋祭りがあります。この間から、バス通りのあたりにお祭りの〆縄が張られているなぁ、と思っておりましたら、今日は丁度その御祭礼だったようで、長い事太鼓の音が聞えていました。

うちの住宅の周りでは、いつの間にか曼珠沙華が満開になり、萩の花も咲き始めていました。空の青さも秋めいて来たような気がします。

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2004.09.11

2005年版 ヒカルの碁カレンダー

何だか、もうそんな季節なのねぇ、と忙しなくなってしまいますが、来年のカレンダーが色々と発売になっています。そして、そして、原作もTVアニメの本放送も終わったというのに、ヒカルの碁 2005年カレンダーも出るそうです! 

ヒカ碁カレンダー、今年のアニメ版は息子が部屋に貼ってますが、パソコン部屋に貼ろうと思っていた小畑健版は、貼るのが恥ずかしくて、大切に仕舞ってあります。そのかわり、パソの壁紙にしたりしてますが(^^;) 来年はアニメ版だけかもしれませんが、やっぱり買おうかな。

9/12追記
その他のカレンダーはFIRST CONTACT カレンダー館TOPからやdiss shop Hakuchoなどで探してみて下さいね。DRAGON BALL は無いみたい・・・。

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「壬生義士伝」の吉村さんは、嘉村さん?

映画「壬生義士伝」、ドラマ版よりは辛くなかったです。ドラマで既に結末を知っているので、覚悟して観られたからだと思います。ドラマも全編観た訳ではないんですが、放送時間が長かった分詳しく描かれていて、特にじっくり観たのが鳥羽伏見敗走以降の下りだったという事もあり、余計に辛いお話だと思ったんですね。浅田次郎さんの原作も読む気になれませんでした。渡辺謙さん演じるドラマ版吉村貫一郎が、それだけ強烈な印象を与える存在だったということもあります。

ここでまた気になるのが、実在の吉村貫一郎はどんな人だったのか、という事なんです。「新選組!」を見るようになって参考にさせてもらってる幕末維新新選組さんというサイトがあるのですが、こちらに掲載されている「全隊士名簿録」に吉村貫一郎の略歴もあります。(「屯所入口」からメインコンテンツに入れますが、情報量の豊富さに感動致します。)

それによると、浅田さんの描いた吉村貫一郎は実在の人物に迫るものではなく、子母澤寛の小説に登場した吉村さんのイメージに影響を受けているようです。これを参考にさせていただくなら、子母澤寛の描いた虚構の吉村像に、更に人情味と信義を重んじる精神を併せもった人柄とエピソードを加え 悲劇の隊士吉村像をグレードアップさせたのが「壬生義士伝」なのかもしれない、という印象を持ちました。実在の吉村さんは、本名を嘉村権太郎といい、脱藩という過去があるために新撰組では偽名の吉村貫一郎を名乗っていたそうです。そしてその嘉村さんは、鳥羽伏見の戦いで戦死しているそうです。

子母澤寛は「新選組始末記」「新選組遺聞」「新選組物語」と、複数の新選組物を書いているようですが、私は読んだ事はありません。ですから「壬生義士伝」のような吉村さんが、どの作品にどのように描かれているのか、詳しくは知りません。でも、浅田さんがその吉村像に興味を持ち、同時に物足りなさを感じていたのではないか、という想像は出来ます。

「壬生義士伝」の吉村さんは、家族を思う余り、時として「武士にあるまじき」と言われる様な行動に出る訳で、昔の時代劇だったらあまり好意的には受入れらないエピソードが多々あります。少なくとも私が子どもの頃だったら、感動を与える主人公には成り得ない人物像であったろう、という印象を持ちました。

南部藩を捨て、家族を主君と思って命がけで働く事を生き甲斐にする「壬生義士伝」の吉村さん。物語の中で、ある時は蔑まれながらも、ある時にはそれを勇気と称えられたり共感されたりし、結論としてそれが吉村貫一郎の強さを支えたのだという流れになっています。今の時代だからこそ、多くの人に受入れられる物語となったのだろうと思える吉村さん。吉村貫一郎をそういう人物像に描き直した浅田さんは、今の時代の空気を良く読んで居られるんだなぁ、と思いました。

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2004.09.10

週5日勤務の世間様はエライ!

私は月15日勤務のパートなんですが、今月は仕事が忙しくて特別に16日勤務になる事が今日発表になりました。休みを1日減らさなくてはいけません。そんな訳で来週は週5日勤務です。ショック。

普通世間様では週5日勤務が当り前なんですが、私の場合、週4~3日勤務が当り前の軟弱な体質になっているので、来週を無事乗り切る事が出来るでしょうか、と心配です。うちのダンナもですが、週5~6日も働いている世間の皆さま(特に既婚女性)は、本当に偉いと思います。

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2004.09.09

重陽の節句といえば・・・

今日は9月9日、別名菊の節句ともいわれる重陽の節句ですが、桃の節句や端午の節句、七夕の節句(というのでしょうか)に比べると知名度が極端に低いですよね。私も高校の国語の授業で聞くまで知りませんでした。

さて、その授業で読んだはずの、重陽の節句が出てくる小説って何だったのかなぁ、と遠い記憶を辿ってみたんですが、余りにも昔過ぎて思い出せません。うーん、気になる。確か、江戸時代が舞台の、重陽の節句に再会を約束した友人だか兄弟だかの話で、どちらかが約束を守れなくなってその霊が会いに行く、というような話だったと思うんですが・・・。

困った時のネット検索。「重陽の節句 小説」でググってみたら、上田秋成の『雨月物語』にある「菊花の約」というお話がそれらしい物語みたいなんですが、古典じゃなかったような気がするんですよね。この話をネタに誰かが書いた小説なのかなぁ。 

と、ここまで書いて、日本の幽霊話とえいば小泉八雲なんじゃないの、と「菊花の約 小泉八雲」でググり直してみたら、やっぱり書いてました、この話! あれは、小泉八雲の「菊花の約」だったんだろうか? 小泉八雲かなぁ・・・、うーん、やっぱり記憶にありません。他にもこの話をネタに書いた方がいたのかなぁ。この疑問、解決したような、しないような(^^;)

そういえば、菊の節句には菊酒を飲むっていうのも聞いたことがありますが、菊の花は手元にないので、今夜は菊水(新潟新発田のお酒)でも飲もうかしら。

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2004.09.07

「陰明師Ⅱ」と「壬生義士伝」

「陰明師」は、平安物という事と伊藤英明さんが出演されるという事で、劇場へ観に行きました。伊藤英明さんは、TV朝日のドラマ「YASHA」に主演された時に初めて知ったんですが、原作の静と凛のシャープさが足りないと不満に思いつつ観てるうちに、原作とは違うけど、ちょっとナイーブな静と凛を演じる伊藤さんが好きになりました。そして「陰明師」の源博雅、良かったです。笑顔がチャーミング。夢枕獏さんの原作は読んでないので、博雅のイメージにあってるのかどうか分かりませんが、映画だけ観た限りでは、伊藤さんの博雅はハマり役だと思いました。静や凛よりずっと伊藤さんの魅力を感じました。

お話も面白かったので、「Ⅱ」も劇場で、と思っていたんですが、何だか行きそびれてしまって今頃やっと観ました、レンタルで。ストーリーは、前作と似たような対立構造で、過去の因縁から恨みを持って平安京を壊滅させようとする特殊能力者と陰明師安倍清明の対決。事態を解決に導いたのが、前作では男女の愛情で「Ⅱ」では姉弟愛というのが、似た様でちょっと違うところかな。伊藤英明さんの博雅は前作同様可愛かったです。

主演の野村萬斎さんも、ちょっと怪しげで人間離れした人物の雰囲気をよく出していて良かったです。安倍清明って本当にこんな感じの人だったのかも、と思わせるものがありました。そして前作同様舞のシーンは流石に美しかったです。「Ⅱ」では平安版アメノウズメに扮しているので、緋の長袴の巫女さんスタイル。長袴さばきの上手さに驚きました。当時の巫女さん、あんな激しい動きはしなったでしょうね、いくらな何でも。ただ、女装というのがちょっと狙い過ぎという気もしましたが、原作にもあるお話しなのかなぁ。

「壬生義士伝」の方は、一昨年の正月にTV東京で放送した渡辺謙さん主演のドラマ版で、あまりにも悲惨な末路を知ってしまって、映画は観る気になりませんでした。ところがわりと最近、堺雅人さんが沖田総司役で出演されてたと知って、観てみようかなという気になたんです。ゲンキンですね(^^;)

「陰明師Ⅱ」では敵役の中井貴一さんが、「壬生義士伝」では主役の新撰組隊士吉村貫一郎を演じてます。こちらの方を先に観たんですが、全く違った性格の人物なので、続けて観ると変な感じですね。それから、堺雅人さんもさる事ながら、徳川慶喜役が伊藤英明さんだったのでビックリしました。台詞もなく、大政奉還の場面のワンカットだけでしたが、嬉しかったです。長くなったので本編の感想は後日また。

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2004.09.06

デザイン変更

9月に入って、やはり何となく秋めいて参りました。そのせいか、タイトルバックのブルーも何か鮮やか過ぎる様な気がしてきて、少し抑えた色合いのスタイルに変更してみました。何せ、お金を掛けずにやってるblogなので、これ以上デザインに凝り様がないんですが、善しとしましょう。

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2004.09.05

「新選組!」斎藤一がヘン(笑)

山南さんが切腹してしまって、前回は回想シーンからしんみり始まった大河ドラマ。山南さんが穏やかに覚悟の最後を迎えられたのは、恋人だった明里との安らぎの時があったからだろう、と思い至った近藤さんは、病身の深雪大夫を落籍する事を考えます。「三谷さんそう来ましたか」という感でしたが、ドラマは、この問題に正妻のつねさんが絡んで、いきなり騒動になるコミカルな展開になって、あれあれ。

その中で、いつもは我関せずでクールな雰囲気の斎藤一さんまで、余計な事をしてしまってイジイジするシーンがあって意外でした。オダギリジョーさん演じる斎藤さん、出自不明、殺し屋やヤクザ者の用心棒をやってた過去もあり、葛山さん切腹事件の時は土方側の間者のような役割あっさり引き受けたりもしたので、謎めいた影のある存在だと思っていました。だから、羽織の紐をいじくり回していじけてる斎藤さん、可愛かったですが、何か「ヘン」でした。

今日は今日とて、桂小五郎と逃げる捨助の、無茶くちゃヤケクソ火事場のバカ力的剣使いを見て、「出来る!」って、「何それ?」って感じでした。斎藤さん、相当な使い手のはずですよね。いくら捨助が武田観柳斎さんを圧倒して見せたからって、その大勘違いコミカル発言も何か「ヘン」でした。クールな斎藤さんの意外な一面、三谷さん、何か狙っているんでしょうか(笑)

斎藤一は、鳥羽伏見の敗走後、転戦して会津に至り鶴ヶ城落城を見届けた、数少ない生き残り隊士のひとりです。その後の斎藤さんは、明治政府で警察官になり西南戦争にも出陣したそうです。明治時代の実在の斎藤一もよく知らないので、私の中では和月伸宏さんの漫画「るろうに剣心」のイメージが強いんです。それも警官でありながら冷血な暗殺者の匂いがする人なんです。コミカルなイメージは欠片もありません。

警察官を退職した後、女子高等師範学校に奉職し、大正4年に72歳で亡くなったという斎藤一。本当はどんな方だったんでしょうね。

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2004.09.04

「デスノート」3巻

原作:大場つぐみ、漫画:小畑健で週刊少年ジャンプ連載中の「デスノート」、ジャンプコミックの3巻が発売になりました。雑誌の連載は読んでいますが、まとめて読むと、展開の緊迫感を再確認出来ますね。まさに、3巻のサブタイトル通り「激走」という感じです。

死神リュークに授けられたデスノートにより、犯罪者を抹殺して行く主人公ライト。その謎の殺人犯キラを追うL。これまで、ライトにとっては姿亡き挑戦者だったLが、流河という名でライトと同じ大学に入学してきます。しかも、ライトだけに「私はLです」と名のり、「キラではないかと疑っている」と言って接近してきます。

お互いに姿を見せぬ者同士の対決、というのも中々面白かったですが、直接対決となると俄然ヒートアップしてきます。リュークとふたりの時に感情をあらわにするライト君なんて、今まで見られませんでしたし。読者の方も、一層物語に引き込まれていきますね。

連載の方では、また新たにスゴイ展開をむかえていますが、この話の落し所って見当がつきません。ライト君がキラであった記憶を失ったとしても、犯罪者に対し私刑を行った罪をどうやって償わせるんでしょうか。例えば、ドラゴンボールの鳥山明さんが、「GOGO アックマン」などの作品でコミカルに描いた、善悪判断批判みたいなモノが好きでしたが、「デスノート」では明らかに殺人を犯してるわけですから、どうなるんだろう。

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2004.09.02

blogを始めて2ヶ月ですが、

今思えば、前から運営しているHPの方は、いわば表通りにちょっと間口の広い店を出しているようなものです。店主がどんな人間なのか知られなくても、それなりに立ち寄ってくれるお客さんのニーズに応えられ、何か問題が起きたら直ぐに対応して、店主はちゃんと店を守っているんだという事をわかってもらなわねば、と少しは気を張っていたわけです。それに、扱う商品はテーマに沿ったもの、というある程度の制約を感じていました。

でもここ(blog)は違います。前にも書きましたが、肩の力がすっかり抜けて、自分でも意外なほど気楽に書き込みができます。自宅でガレージセールをやってるようなもので、店主というほどの気負いもなく、直接お客さんの前に出てきて触れ合う事が出来ます。そして、商品もその時あるもの、出たとこ勝負の種々雑多で構わないという気になれます。

もちろん、blogを運営されている方には、テーマを決めて、それに沿った書き込みをされいる方も多くいらっしゃいます。そういうblogの方がネット上では有益だろうとも思います。それに、表通りから路地裏の自宅に引っ込んだと思っているのは私の勝手な印象で、実はblogの方が検索に引っ掛かりやすいので、表裏が逆かもしれません。

blogが、それぞれに主張をもった個人を繋げ、マスメディアに対抗する新しいメディアとしての役割を果たすのではないか、というような意見も目にした事はありますが、私はそんな事は何も考えないで、このままマイペースでやって行きたいと思っています。

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