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2004.09.11

「壬生義士伝」の吉村さんは、嘉村さん?

映画「壬生義士伝」、ドラマ版よりは辛くなかったです。ドラマで既に結末を知っているので、覚悟して観られたからだと思います。ドラマも全編観た訳ではないんですが、放送時間が長かった分詳しく描かれていて、特にじっくり観たのが鳥羽伏見敗走以降の下りだったという事もあり、余計に辛いお話だと思ったんですね。浅田次郎さんの原作も読む気になれませんでした。渡辺謙さん演じるドラマ版吉村貫一郎が、それだけ強烈な印象を与える存在だったということもあります。

ここでまた気になるのが、実在の吉村貫一郎はどんな人だったのか、という事なんです。「新選組!」を見るようになって参考にさせてもらってる幕末維新新選組さんというサイトがあるのですが、こちらに掲載されている「全隊士名簿録」に吉村貫一郎の略歴もあります。(「屯所入口」からメインコンテンツに入れますが、情報量の豊富さに感動致します。)

それによると、浅田さんの描いた吉村貫一郎は実在の人物に迫るものではなく、子母澤寛の小説に登場した吉村さんのイメージに影響を受けているようです。これを参考にさせていただくなら、子母澤寛の描いた虚構の吉村像に、更に人情味と信義を重んじる精神を併せもった人柄とエピソードを加え 悲劇の隊士吉村像をグレードアップさせたのが「壬生義士伝」なのかもしれない、という印象を持ちました。実在の吉村さんは、本名を嘉村権太郎といい、脱藩という過去があるために新撰組では偽名の吉村貫一郎を名乗っていたそうです。そしてその嘉村さんは、鳥羽伏見の戦いで戦死しているそうです。

子母澤寛は「新選組始末記」「新選組遺聞」「新選組物語」と、複数の新選組物を書いているようですが、私は読んだ事はありません。ですから「壬生義士伝」のような吉村さんが、どの作品にどのように描かれているのか、詳しくは知りません。でも、浅田さんがその吉村像に興味を持ち、同時に物足りなさを感じていたのではないか、という想像は出来ます。

「壬生義士伝」の吉村さんは、家族を思う余り、時として「武士にあるまじき」と言われる様な行動に出る訳で、昔の時代劇だったらあまり好意的には受入れらないエピソードが多々あります。少なくとも私が子どもの頃だったら、感動を与える主人公には成り得ない人物像であったろう、という印象を持ちました。

南部藩を捨て、家族を主君と思って命がけで働く事を生き甲斐にする「壬生義士伝」の吉村さん。物語の中で、ある時は蔑まれながらも、ある時にはそれを勇気と称えられたり共感されたりし、結論としてそれが吉村貫一郎の強さを支えたのだという流れになっています。今の時代だからこそ、多くの人に受入れられる物語となったのだろうと思える吉村さん。吉村貫一郎をそういう人物像に描き直した浅田さんは、今の時代の空気を良く読んで居られるんだなぁ、と思いました。

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