« 銀盤の・・・何だろう? | トップページ | 未成年者の飲酒喫煙、本音と建前 »

2006.02.26

忘れていた、映画『動乱』

今から70年前の今日、政府に不満を持った一部青年将校らの叛乱により、総理大臣官邸他政府要人の居所が襲撃され、内大臣 斎藤実、大蔵大臣 高橋是清、教育総監 渡辺錠太郎らが殺害される事件が起きました。いわゆる2.26事件です。

総理官邸では、時の内閣総理大臣 岡田啓介は無事でしたが、秘書官が殺害され、自宅に居た侍従長 鈴木貫太郎(終戦時には総理大臣になっていた)も銃弾を受け一命は取りとめたものの重症を負いました。陸軍省、参謀本部や警視庁なども襲撃され、東京の中心部である霞ヶ関・三宅坂あたり一帯が占領される事態となりました。政府は戒厳令を施行、叛乱軍を包囲して帰順を呼びかけ、29日には鎮圧する事に成功しました。しかし、この事件を契機に軍部の力は大きくなり、日本は戦争への道をまっしぐらに進む事になりました。

私が子どもの頃には、今の時期になると必ず2.26事件関連のTV番組があったものですが、何時の頃から見かけなくなりました。そんな影響もあってか、ここ何年か私自身も2.26の日を忘れ勝ちだったのですが、今年は数日前に書店で2.26関連の書籍を紹介するポスターを目にして、思い出しました。

2.26事件といえば、吉永小百合さんと高倉健さんが初共演された映画が、この事件を背景とした物語でした。小百合さんファンの私はもちろん劇場へ観に行ったのですが、今日思い出そうとしたら題名が・・・。ネット検索してやっと判りました『動乱』です。この後にお2人が共演された映画『海峡』とごっちゃになってしまって、思い出せなかったです。いくら25程前の事とは云え、小百合さんの映画なのに・・・。映画の詳細はこちらの「goo映画」で紹介されていました。

この映画にも出てきますが、昭和11年(1936年)の2.26事件より4年前、昭和7年(1932年)に5.15事件というのがありました。やはり一部青年将校が起こした事件で、総理大臣犬養毅が射殺されています。この時、首謀者が無期懲役だった他は、青年将校たちへの処罰が禁固15年以下という比較的軽いものだった事が、2.26事件の誘因だとも言われているそうです。

2.26事件の時、実家の父は東京下町に住んでいて小学生でしたが、翌日の朝刊に、真っ黒塗られている記事があった事が印象に残っているそうです。戒厳令による報道規制があったのでしょうか。東京といっても、叛乱軍が占拠している所からは遠かったせいか、その他に強く印象に残っていることは無いようですが、テレビが無かった時代でもメディアから受ける影響って強く残るものなんですね。

ところで、『動乱』探して検索していたら、
ユナイテッド・シネマの『北の零年』製作発表のレポートで、

今から25年前の1979年のことですけども、『動乱』という映画に出演いたしました。ちょうど今頃の時期から北海道のサロベツ原野で撮影し1年がかりの作品になりました。その時に"映画作りってこういうものなんだ"と体験し1年間大変素晴らしいスタッフとキャストの方たちに囲まれいい映画作りができました。その時から"もう一度映画の世界で生きてみよう"と思うようになり25年という年月が経ちました。
という小百合さんの発言を見つけました。111本もの映画に出演されてる彼女にとっても、想い出に残る映画だったんですね。『北の零年』公開当時に私もこの話をTVで聴いたような気もします。たった1年前なの事なのに、思い出せなかったよ『動乱』、トホホ。

|

« 銀盤の・・・何だろう? | トップページ | 未成年者の飲酒喫煙、本音と建前 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/41966/8844529

この記事へのトラックバック一覧です: 忘れていた、映画『動乱』:

« 銀盤の・・・何だろう? | トップページ | 未成年者の飲酒喫煙、本音と建前 »