2009.03.08

「草食系男子」というのが、

近頃何だか話題になっているんですね。先月TVで見て初めて知りました。

もともとは、深澤真紀さんが日経ビジネスオンラインの連載「U35男子マーケティング図鑑」の中で命名された言葉だそうです。2006年からのこの連載は2007年6月に「平成男子図鑑―リスペクト男子としらふ男子―」(日経BP社)として発行されてます。
もう2年も前のことだったんですか、ちっとも知りませんでした。

その後各所で話題になっていたらしく、
昨年年7月には『草食系男子の恋愛学』(森岡正博 著 メディアファクトリー)、
11月には『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』 (牛窪恵 著 講談社+α新書)
なども出版され、雑誌などでも取り上げられていたようです。
そして今年に入って急に(かな?)新聞各紙(「毎日jp」「読売ONLINE」など)でも取り上げられ、それを受けてか先月にはTVでも話題になって、私も知ることになった訳です。

深澤真紀さんによると、
現在U35(UNDER35世代)男子の中に誕生している新しい人種が 、
>恋愛やセックスに「縁がない」わけではないのに「積極的」ではない、
>「肉」欲に淡々とした「草食男子」

なのだそうです。

この話題を知ってから気になっていたのは、深澤さん称するこの「草食男子」を育てたのが、私達くらいからその上の団塊世代にあたる年代の、親や教育者が中心だろうという思われる事なんです。ちなみに家の息子は今年成人になります…。

団塊世代は、最後の学生運動を経験した世代で、その政治的反体制闘争に敗れた後は、家父長制を断ち切って、ニューファミリーと言われた核家族の友達親子的家庭を築いていきました。その後になる我々世代は、シラケ世代とか新人類とかか、またオタクと言われはじめた世代でもありました。子どもを持ってからは、父親の家父長的威圧は少なく子育てに協力的になりつつあるとは云え、現実的には労働時間が長すぎて、どちらの世代も子育ては母親中心にならざるを得ませんでした。

核家族が多くなった世代ですので、男の子も女の子も母親だけと接する時間が長くなって、当然母親の影響を一番多く受けることになりがちでした。父性的なものより、母性的なものだけをより多く受けて育ったことが、そうでなかった世代より、男の子も女の子もそれぞれに、何らかの影響をうけているのではないだろうか、と思われます。

深澤さんは、マーケティングの観点から「草食男子」像を探っているので、そこで語られるのは概ね肯定的な新しい男性像としてのイメージです。森岡さん、牛窪さんの著書も、タイトルから受ける感じでは、その流れに沿ったものなのでしょう。しかし、団塊世代より上の男性などを中心に、保守的男性像をお持ちだろう方々からは、批判的なご意見が出てきそうですね。

かく言う私自身も、こと息子たち世代に照らし合わせて考えると「大丈夫か?今時の男子」と思ってしまいます。保守的なセクシュアリティーに囚われず、多様な価値観を大事にして欲しい、と思う反面、何事にも消極的で目的意識が薄いように感じる生活態度を見ていると、心配やら愚痴やら言いたくなって来ます(^^;) 

女の子は男の子より精神的成長がはやいけれどが、思春期になる頃には男の子も追い付きしっかりして来る、といわれてましたが、何だか息子の世代はちょっと違うんです。小学生の頃は女子がしっかりしていて、クラス運営やら学校行事やらも率先してやるので、女子に仕切られてるって感じでした。

中学生になれば男子も、と思っていたら、3年生になっても何くれと女子の方が仕切っている・・・。体育祭のクラス応援の企画やら、修学旅行の班行動のスケジュールやら、大体が女子が中心になって決めて男子は付いて行くって感じ…。あげく生徒会役員に立候補する生徒の殆どが女子で、役員の中に男子は1~2名しかいないという有様なんです。家の息子のそういう事への無関心さを困ったものだと思ってましたが、家の子だけじゃなかったみたいです。

高校は男子校だったので女子と比べられないんですが、学校に行ってみたらイメージしてた男子校と少し違っていました。息子の学校だけかもしれないけど、男子校もっとムサい感じなのかと思いきや、何だか穏やかな、のほほーんとした雰囲気で、この子たち(特に家の息子)しっかり者の女子もいる社会に出ていって上手くやって行けるのかしら、と心配になりました。今は大学生になって、理系の割には女子学生も多い学科ではあるんですが、学科での集まりは女子が企画してやってくれてるみたいです…。

家の息子に限って言えば、昨今話題の「草食系男子」とはまた少し違った感じで、身の回りを小奇麗にもしてないし、気配りとかも出来なそうなのが困りもの…。こういう子に育ったのは自分の影響なんだろと思うと、どうしたものか、と考えてしまします。かくなる上は、使える「草食系男子」を目指して頑張ってほしいものです。

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2007.05.27

久方ぶりに見ました、

母子手帳と年金手帳・・・。
それはもう、連日報道されている「はしかの流行」と「年金支給漏れ」について確認することがあったからです。

高校の学校閉鎖については大学程報道されませんでしたが、実は息子の学校も先月末にはしかで閉鎖になりました。連休を挟んでの休みだったので、実質授業出来なかった日数も少なくて済んでよかったです。当初はダンナと「先生も連休したかっただけじゃないの」とか冗談を言ってたんですが、その後大学が次々閉鎖になり、予防接種を1回受けてるだけでは免疫力が低下しているのも流行の原因と報道されて、息子のことも気になりだしました。

学校からも、はしかに罹った時期、又は予防接種の時期や回数についてのアンケートが来て、正確に記入する為久々に母子手帳を取り出しました。息子は近所の小児科で2才の時に接種したんですが、ちょうどMMR(三種混合)の副作用が問題になっていた時期で、医者からMMRは薦められないと言われ麻疹(はしか)単独で受けさせてもらいました。その時は負担額なしだったんですが、今の年になって受けると7000円らしいです。ただ今回の流行で、東京では都から補助が出るそうで保護者負担3000円で受けられるという事でした。でも麻疹ワクチンが不足しているので、負担7000円の風疹との混合ワクチンしかないとう噂も・・・。うちの息子も抗体検査はさせようと思ってます。

それから基礎年金番号の件。返信ハガキ付きの通知を出したという報道を聞いて、「そんなの来たっけ?」と不安になって年金手帳を見てみたら、確かに通知が挟んでありました。平成9年に来てたんですね。すっかり忘れ去ってましたよ、そんな昔の言われたって・・・。ダンナはずっとサラリーマンなので返信ハガキ付きのまま、私は結婚するとき無職で国民年に切り替えてるのでハガキは返信したらしく、ちゃんと年金番号登録の知らせも来てました。何にも覚えておりませんでしたが、ちゃんとやってたじゃん>自分(笑)

基礎年金番号通知をよく見たら、それを年金手帳に貼るように書いてあるので、今度は挟んどくだけじゃなくてしっかり糊で貼り付けました。しかし、これで自分の登録がちゃんと成されてるのかまだ不安ですよね。3号保険者になるまでは、収入ない専業主婦だった時代も毎月保険料払ってたんだけど大丈夫なのかしら、領収書なんて取ってないし・・・。やっぱり市役所に確認に行こうかしら?

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2006.09.07

「祝ご誕生」なのですが・・・。

秋篠宮家に3人目のお子様がお生まれになって、まずはおめでとうございます。

昨日今日と偶然2連休で、昨日は朝からTVを点けてしまった訳ですが、政治家から有識者、一般の方々まで、「親王様」ご誕生を祝う声一色なのを複雑な思いで見ておりました。特に長老といっていい男性政治家や有識者の方が、「皇室典範改正はもう必要ない」と言わんばかりの意見を述べておられたのには、おめでたい話題のはずなのに、微妙に嫌な気分になってしまいました・・・。

昨日お生まれになったばかりで、まだお名前もついていない赤ちゃんに、こんな重い責任を無責任に押し付けてしまう事になるなんて、手放しで喜んでもいられない気分です。だって、今のままでは、最終的に新宮様たったお一人の皇族になってしまいますよ。

ご両親殿下も、たぶん並々ならぬご決意で第3子を産む決心をされたのだろうと思います。一国民として、「将来の皇室のあり方をどうするのか」、具体的には「皇室典範」をどうのように改正するのが良いのか、もう一度じっくり考える時間の猶予を与えて下さった事には、感謝しなければいけませんね。今後どのような事態になったとしても、大変なお立場になるであろう事は目に見えています。せめてお子様のうちは、ご両親やお姉様方の愛情につつまれて、伸びやかにお過ごしになれることを願っております。

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2006.09.01

やっぱり非都民なのか?

10年後のオリンピック国内候補地が東京に決まった。
福岡が候補地に名乗りを上げた時は「頑張れ福岡!」という気持ちになったのに、横から東京がしゃしゃり出てから「何だかなぁ・・・」な気分になってしまった。自分が都民であっても、必ずしも地元東京で開催してほしいとは思えなかった。なぜだろう。福岡の皆さんは盛り上がってたみたいだけど、東京のみなさんも私以外は盛り上がってたのかしら? 

42年前戦後の復興を象徴するように東京でオリンピックが開かれて、その後大阪万博、札幌冬季オリンピック、n長野冬季オリンピック、去年は愛知万博、次の大きな国際イベントは「九州」、ってバランスも良いと思ってたのになぁ。密かに福岡を応援してたので、福岡優位を信じてたのに、付け焼刃の様な東京でいいのかしら・・・。石原さんはリアリティのある実効性を強調しているけれど、首都である東京が財政面や立地条件など諸々有利なのは当たり前のこと。

東京一極集中を何とかするためにも、やっぱり福岡がよかったのになぁ、と思うのは、私が都民じゃなくて多摩民(?)だからなのかもしれない。

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2006.02.26

忘れていた、映画『動乱』

今から70年前の今日、政府に不満を持った一部青年将校らの叛乱により、総理大臣官邸他政府要人の居所が襲撃され、内大臣 斎藤実、大蔵大臣 高橋是清、教育総監 渡辺錠太郎らが殺害される事件が起きました。いわゆる2.26事件です。

総理官邸では、時の内閣総理大臣 岡田啓介は無事でしたが、秘書官が殺害され、自宅に居た侍従長 鈴木貫太郎(終戦時には総理大臣になっていた)も銃弾を受け一命は取りとめたものの重症を負いました。陸軍省、参謀本部や警視庁なども襲撃され、東京の中心部である霞ヶ関・三宅坂あたり一帯が占領される事態となりました。政府は戒厳令を施行、叛乱軍を包囲して帰順を呼びかけ、29日には鎮圧する事に成功しました。しかし、この事件を契機に軍部の力は大きくなり、日本は戦争への道をまっしぐらに進む事になりました。

私が子どもの頃には、今の時期になると必ず2.26事件関連のTV番組があったものですが、何時の頃から見かけなくなりました。そんな影響もあってか、ここ何年か私自身も2.26の日を忘れ勝ちだったのですが、今年は数日前に書店で2.26関連の書籍を紹介するポスターを目にして、思い出しました。

2.26事件といえば、吉永小百合さんと高倉健さんが初共演された映画が、この事件を背景とした物語でした。小百合さんファンの私はもちろん劇場へ観に行ったのですが、今日思い出そうとしたら題名が・・・。ネット検索してやっと判りました『動乱』です。この後にお2人が共演された映画『海峡』とごっちゃになってしまって、思い出せなかったです。いくら25程前の事とは云え、小百合さんの映画なのに・・・。映画の詳細はこちらの「goo映画」で紹介されていました。

この映画にも出てきますが、昭和11年(1936年)の2.26事件より4年前、昭和7年(1932年)に5.15事件というのがありました。やはり一部青年将校が起こした事件で、総理大臣犬養毅が射殺されています。この時、首謀者が無期懲役だった他は、青年将校たちへの処罰が禁固15年以下という比較的軽いものだった事が、2.26事件の誘因だとも言われているそうです。

2.26事件の時、実家の父は東京下町に住んでいて小学生でしたが、翌日の朝刊に、真っ黒塗られている記事があった事が印象に残っているそうです。戒厳令による報道規制があったのでしょうか。東京といっても、叛乱軍が占拠している所からは遠かったせいか、その他に強く印象に残っていることは無いようですが、テレビが無かった時代でもメディアから受ける影響って強く残るものなんですね。

ところで、『動乱』探して検索していたら、
ユナイテッド・シネマの『北の零年』製作発表のレポートで、

今から25年前の1979年のことですけども、『動乱』という映画に出演いたしました。ちょうど今頃の時期から北海道のサロベツ原野で撮影し1年がかりの作品になりました。その時に"映画作りってこういうものなんだ"と体験し1年間大変素晴らしいスタッフとキャストの方たちに囲まれいい映画作りができました。その時から"もう一度映画の世界で生きてみよう"と思うようになり25年という年月が経ちました。
という小百合さんの発言を見つけました。111本もの映画に出演されてる彼女にとっても、想い出に残る映画だったんですね。『北の零年』公開当時に私もこの話をTVで聴いたような気もします。たった1年前なの事なのに、思い出せなかったよ『動乱』、トホホ。

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2006.01.21

銭の花

昨日新聞のTV欄を見たら、何と懐かしいドラマの題名がありびっくりしました。沢口靖子さん主演の『新細うで繁盛記』、私が小学生の頃やっていたドラマのリメイクです。元祖『細うで繁盛記』は、和服姿が上品に美しい新珠三千代さん主演でした。伊豆弁丸出しの意地悪な義妹正子役の富士真奈美さんも印象的でしたが、放送はもう35年も前の話なんですね・・・。

さっそく録画予約しようと思ったら、堺雅人さん出演の『出雲の阿国』と時間が重なってるぅ~。仕方ないので、オンエアー見られるだけ見ようとTVの前に座ったら、幸い途中でダンナが帰ってくる事もなく、息子がビデオ見たいとゴネる事も無く最後まで見られました。

銭の花の色は清らかに白い。
だが、蕾は血がにじんだように赤く、
その香りは汗の匂いがする。

昔の放送でも毎回冒頭に出てきたこの言葉が、もの凄く懐かしかったです。実は何だかここ数年、子どもの頃見た『細うで繁盛記』の事が頭をかすめる事が時々あったんです。「いじめ」とか「キレやすい人々」とかが話題に上る時など特に。あの頃はまだ、忍耐が美徳として人々の心の何処かにあったし、あの執拗ないじめのバカバカしさ愚かさも理解していたし、夢を失わずに努力すればやがて報われると信じる思いがあったんですよね。何だか時代が変わって、そんな『細うで繁盛記』をはじめとする花登筐作品の泥臭い頑張りは、受入れられなくなったんだなぁ、と思っていました。それが、なんとリメイクされるとは!

主人公の加代は、老舗料亭の跡取娘として祖母に厳しく育てられましたが、少女の頃火災で店も祖母も失っていました。焼失した店の再建を夢見ながら働いていた彼女は、傾きかけた旅館の経営を女将として任される事になります。突然やって来た加代に反発するオーナーの妹正子は、直接間接にいじめや妨害を仕掛けて加代を窮地に追いやります。しかし加代は、持ち前の明るさと負けん気、誠実さと機転、人々の協力によって旅館の経営を軌道に乗せて行く、という物語です。

時代が現在に置き換えられ、2時間ドラマということもあって、設定が昔と変わっているところもありましたが、明るく元気に頑張る沢口靖子さんの加代も良かったです。意地悪な義妹正子を演じた荻野目慶子さんも、今までのイメージと全く違う役柄で熱演でした。老舗料亭の女将だった人で、加代の生きる指針ともなっている亡き祖母は、遺影だけの出演でしたが、何と新珠三千代さんでした。ご存命だったら、加代の回想シーンも後姿ではなく、新珠さんご本人に演じていただけたかも、とちょっと残念です。

で、その回想シーン。祖母はまだ少女だった加代に、商売の真髄を話して聞かせます。詳しい台詞は忘れましたが、ずるい事してお金を稼いではいけない、お客様の事を考えて心血を注ぐ努力をしてこそ、清らかに白い銭の花が咲くのだ、というような事を話していました。

何と言うか、余りにもここ数日のニュースに対してタイムリーな、教訓的な話でした。ライブドアの粉飾決済問題、耐震強度偽装、一時は沢山のお金が入ったかもしれませんが、「清らかに白い銭の花」とは程遠いものです。投資家の皆さんも、マネーゲームではなくて、本来の株式投資の意義を考え、真に「清らかに白い銭の花」を咲かせる企業を育てて欲しいものです。

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2006.01.17

あれから17年・・・。

阪神・淡路大震災から11年目の今日、職場では防災訓練がありました。関東大震災があった9月1日も、全国的に防災訓練が多い日ですが、なにしろ80年以上前の災害なので、まだ記憶に新しい1月17日が第2の防災訓練日として定着しつつあるようです。

そんな今日は、朝からライブドアの粉飾決算問題でホリエモン社長の記者会見を聞き、夜のニュースではヒューザーの小島社長の証人喚問も聞き、と大きなニュースがあった一日でした。そんな中、私が一番気になっていたのが、連続幼女殺害事件で世間を騒がせた宮崎勤被告に判決が下った事です。

平成元年8月、宮崎被告の逮捕報道があった日、私は生れたばかりの息子と病院にいました。4人部屋の病室で、私以外の3人は女の子のお母さんになったところでした。今の事件の犯人は捕まったけれど、その子達が成長する間にまた類似の犯罪者が出てくるかもしれない、という不安。はたまた子どもが他人の痛みが解らない様な犯罪に走るかもしれない、という不安。子どもが生れた喜びととも、無事に育ってくれるかと言う不安を駆り立てる事件でした。あの事件から17年、今日最高裁で死刑の判決が下りました。被害にあったお子さん達も、あんな事になっていなければ、もう成人していたはずです。長い時間がかかりました。

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2005.05.08

薄氷を踏む思いの日々に

先月25日のJR福知山線脱線事故以来、連日JR西日本の悪しき体質に関する話題がTVで放送されています。確かに、そりゃないだいろうと呆れる事も多々ある訳ですが、それを報道する側のJR西日本叩き一辺倒の姿勢には、何か釈然としないものを感じます。

勿論、直接原因となった事柄に対する加害側の責任問題を追及する報道は必要だと思います。でも、例えば今回の事故直後のボーリング大会やゴルフや宴会への批判報道や、会見での記者たちの言動から感じる勧善懲悪的な姿勢には、加害側の責任を問おうという共感は生まれずに、「何を偉そうに」という不快感さえいだいてしまうのです。

マグダラのマリアに石を打とうとした人々を前に、「あなた方の内で、全く罪のないの人から石を投げなさい」と言ったいうキリストの逸話がありますが、日々の報道を見ていてそれを思い出していました。うちのダンナも何か事故の報道を見る度に言うのですが、自分の会社の製品で事故が起きたり、不祥事が発覚したり、って事が自分の身にも起こる可能性はあるんですよね。私自身も仕事上のミスやその他諸々の事で社会的に問題のある不祥事を起こさないとは言い切れません。

何と言うか、既に「叩けば埃の出る身体」ですわね。顧客のお金を預かり、会社や団体のお金を動かして、納期に追われながら利益も出して行かなくちゃいけない、って仕事に、大半の社会人は関わっています。その中で製品の安全性や資金の流れについては、日々薄氷を踏む思いで乗り切っているのが実情じゃないでしょうか。うちの会社や組織は絶対安全、万が一の事態にも完璧に対処できる、と心底自信を持って言える人はどれだけいるでしょう。報道関係のみなさんて、そういう思いを一切しないで仕事出来てるのかしら。

今回の事故だって、そういう中で起こったのだと思います。只一方的に何でもかんでもJR西日本を悪者にする様な報道だけでは、その場限りの責任者の謝罪を取り付けるだけで、本当の意味での今後への展望は見えて来ません。何故危険なカーブがあるのに最新のATSを設置出来なかったのか、今後はどうなるのか。他のJRや交通機関の安全性は大丈夫なのか。被害者やあのマンション住民に対する補償はどうなるのか。そういった事を良い方向で後押しするような報道ならして欲しいと思いますが・・・。

TVでボーリング大会についての報道を見ていたら、ある大学教授の男性が「同じ会社とはいえ、自分の区域の事故じゃないからと、つい他人事のように思ってしまったんでしょうね」とコメントしたら、その発言はバッサリと否定されて、「そんな事を思うなんて考えらない、JR西日本の体質はとんでもない」という方向に話は流れてしまいました。私が感じている違和感に多少は触れるかと期待したのに、残念でした。上司にものを言えない体質も批判の的になってましたが、放送現場にも一定の方向性以外の意見を言えない雰囲気があるんじゃないでしょうか。

「遠き山に日は落ちて・・・」さんの「報道ってのは」にとっても同感だったので、トッラクバックさせていただきます。

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2005.03.05

ミカドの肖像

ここ数年は、作家としてより道路公団問題でのマスコミへの露出が多かった猪瀬直樹さんですが、彼の作家としての出世作と言えるのが、1986年に小学館から出版された「ミカドの肖像」です。翌87年に「大宅壮一賞」を受賞し、ノンフィクション作家として広く世間に知られる事になりました。現在は同賞の選考委員もされているようです。

歴史好きだった私は、天皇を意味する「ミカド」というキーワードに反応してこの本を手にしました。出版されて間もない頃だったと思います。でも内容は私が想像した歴史モノとは大分違って、天皇そのものを扱ったのではなく、天皇というブランドがどのよう創り出され、守られ、また利用されているか、という検証でした。面白そうだったのですが、ハードカバー本は高くて買えませんでした。その後91年に「ミカドの肖像―プリンスホテルの謎」と題して小学館ライブラリー版(ちょっと大き目の文庫)になったモノを読みました。そう、サブタイトルにもなったように、この本の中で一番興味深かったのは、プリンスホテルに関する部分だったんです。つまり、先日逮捕された堤義明容疑者の父康次郎氏が、いかにしてあのプリンスホテルグループを創り、西武グループ繁栄の基盤を固めたのか、という話なんです。20年も前の著作ですが、中々旬な話題を扱っていると思います。

残念ながらライブラリー版は品切れ状態、と思ったら、間もなく文庫版が出るようです。小学館のサイトで検索しても見つからないんですが、@nifty Booksでは3月8日発売になっています。そうですよ、今売らなくて何時売るのこの話題本。新装版出さなくても、ライブラリー版を重版すればいいのに、と素人の私でも思うので、小学館さんはきっと何か策を講じていることでしょう。

この本を読む前の独身呉服屋店員の頃、年に何度かある展示会の内1回は赤坂プリンスホテル旧館を使うのが恒例で、私も中に入っています。この旧館はホテルといっても文明開化の頃に建てた様なお屋敷の造りになっており、展示会では全館貸切で使用していたと記憶しています。入社して初めての展示会もここだったので、お客様を迎える為にそのお屋敷の玄関に並んでいて、緊張して足が震えたのを覚えています。

ビルになっている新館の横にひっそりと建っている、という感のある旧館でしたが、きっと創業当時の建物を大切にしているのだろう、と当時は思っていました。でも「ミカドの肖像」を読んで謎が解けました。あの旧館は、まさにプリンスのお屋敷だったのです。検索してみたら近代建築散策というサイトに写真もありました。ここでも紹介されいるように、戦前は李氏朝鮮最後の皇太子のお住まいだったのです。朝鮮の皇太子が何故日本に住み、日本の皇族の女性と結婚していたのか、という戦前の歴史もこの本で知りました。

本書によると、戦時下の日本にあって、終戦後の土地高騰を予想していた堤康次郎氏は、空襲警報が鳴る中でも電話をかけまくって土地を買いあさっていたそうです。そして戦後、旧皇族が皇籍離脱させられ、天皇家にも固定資産税が課せられる事になった時、現金が無いだろう彼らから屋敷を買い取っていたのも康次郎氏でした。東京にあるプリンスホテルは、ほとんどが旧皇族の屋敷だったところで、赤プリ旧館のようにお屋敷そのものを利用している所もあるわけです。プリンスホテルという名も、そこからの命名だそうです。

この本を読んだ当時は、まだバブルが崩壊しきっていない頃でした。成功する人は考える事が違うわ、と感心するやら恐れ入るやらでしたが、今読むとまた違った感慨があるかもしれません。

3/8 追記
先ほど小学館のサイトから検索したらs-book.comの情報がありました。やっぱり今日発売みたいです。でも@nifty Booksの方は4月に変わっている、どっちでしょうか。

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2005.02.28

美浜、南知多、両町合併白紙へ

2月11日に、「南セントレア」取下げについて書きましたが、愛知県美浜町と南知多町の合併問題は、27日の「住民投票で合併白紙へ」という結果になったそうです。

新市名で話題になった両町合併問題でしたが、結局は合併協議会が動き出した時点から反対の住民の方が多かった、という事なんですね。でも、行政側に、目先の補助金とかだけではなくて、合併によるより良い自治体作りの将来像があったのならば、それを前面に押し出して住民を説得して来る必要があったと思います。ともすれば感情論に走りやすいのが我々一般住民ですし、私などは、余程解消したいデメリットでも無い限り、現状維持を願う気持ちも強いです。話題性に頼るだけの様な新市名を提案されても、合併に対するメリットも将来像も見えて来ません。住民の意思を無視したような行政側の失敗だったと思います。

この書込みは「調子っぱずれの時計」さんにトラックバックさせていただきました。
あと自己TB、2月11日の書込みに。

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